笑顔で見送ろうと思ったあの日と小さな悔い

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父が亡くなる二日前、
私は夢を見ました。

 

それは、父が何か事情があって、
二度と会えないところに身を隠す夢でした。

 

でもね、おかしいのよ、笑っちゃうのよ。
泣きながら父の旅立ちを見送る私達家族は、
なぜか雑居ビルの地下のスナックにいて、
暗いスナックの扉から、
目前の階段を上がって行こうとする父を、
みんなで見送るの。

 

しかも、そのとき父がかけているのが、
なぜかピンクのサングラスで、
今思えば、笑えないこともないのですが、
夜中に夢から覚めた私は、
ふと、余命宣告を受けて、
悪性リンパ腫で入院中の父の身に、
なにかあったのではないかと思いました。

 

その二日後に父は亡くなりました。

 

病院で付き添っていた母から、仕事先に、
「なんか変なの。ちょっと来て。」
という、よくわからない電話が入り、
行ってみると、母が病室の外でポツンと私を待っていました。

 

病室の中では、先生や看護師さんが、
なにやら緊急の治療に当たってくれていて、
母は部屋から出されたような感じでした。

 

母は私の姿を見ると、もう一度、「なんか変なの。」と、言いました。
今思えば、そうしか言えなのかったのだと思います。

 

父はその数時間後に亡くなりました。

 

バタバタと出入りする看護師さんの慌ただしさ。
口元だけでなく、全身が管だらけになっているような父の姿。
私は「余命半年」と言われていた父のXデーが、
それが今日なのかな?と、ふと思いながら、
漠然と状況を眺めていました。

 

 

詳細は忘れてしまいましたが、
ドクターの先生が心臓マッサージを始めたときに、
先生が手を休めると、オシロスコープの線が、
すーっと平坦になるのです。

 

そのたびに、私と妹は、思わず「あー」と叫んでしまうのですが、
先生が心臓マッサージを再開すると、また波が現れます。

 

それにしても、心臓マッサージというのは、
思った以上に激しいものですね。

 

何度も「お父さん!お父さん!」と呼びかけました。

 

でも、一度こうなってしまった以上、
いくら心臓マッサージを繰り返しても、
父の意識が戻ることはない気がしました。

 

それよりも、玉の汗をかきながら、
(私達家族の目には)無駄とも思える、
心臓マッサージを、いったいこの先、
いつまで続けるのだろう?という思いや、
すでに旅立つ体制になっている父の体が、
マッサージのたびに、大きく激しく上下するのが忍びなく、
母も私も妹も、誰が先ということなく、
「先生、いいです。もういいです。十分です。」と、
口々に言っていました。

 

私達家族の再三の要請を受けて、
先生はようやく、マッサージの手を止めました。
そして、オシロスコープの線が、
すーっと平坦になり、二度と元には戻りませんでした。

 

先生は腕時計を出して時間を確認し、
「〇時〇分。ご臨終です。」と言いました。

 

そのときは、悲しいというよりもホッとしました。

 

そして、この病室のどこかで私たちを見守ってくれている父に、
「お父さん、見てる?もう終わったんだよ?これで終わりだよ?
ありがとう。さようなら。」と心の中でつぶやいた時に、
初めて涙が出てきました。

 

ですが、父の旅立ちは笑顔で見送ってあげたいと思いました。
だから笑いました。そして、
「お父さん、元気でね」と、病室の天井に向かってつぶやきました。

 

あれから30数年経ち、今年は父の33回忌でした。

 

 

あのあと、私は、あそこで先生に皆で、
「もういいです」と言ったことに、複雑な思いを抱きました。

 

あそこで止めなければ、父はもう少し生きていたんじゃないか?
私達は、先生の疲労など気にせずに、奇跡を信じてもよかったんじゃないか?
最終的に、父の死を決定づけたのは、私達だったのじゃないか?

 

あれから30余年。

 

33回忌を終えると、年忌明けと言って、
亡くなった人は、完全に成仏したという扱いになります。

 

さすがに今はもう、くよくよする気持ちもなく、
忙しい日々を送っていますが、
亡くなってしばらくの間、
残された家族は、本当にあれこれ後悔するんですよ。

 

あのとき、ああすればよかったのじゃないか?
あのとき、ああすれば違ったかも?
あのとき、ああしたからこうなってしまったのでは?

 

でもね、時間は戻せないんです。
それに、残された家族がクヨクヨ思い悩んでいることが、
亡くなった故人には、一番気がかりでよくないと思うんです。

 

人がもし、亡くなっても意識があり、
死後のあれこれを目にすることが可能だと仮定して、
私が死んだ後に、家族が私の死に対してあれこれ思い悩んでいたら、
「もういいから。そんなことは気にせず楽しく暮らしなさい」
と、言いたくなると思います。それは家族だからです。

 

 

今はその思いを信じて、
「うちのお父さん、天国で元気にやっているかな?」なとど、
ことあるごとに、ふと、思い出して、
在りし日を偲んでいる私です。

 

 

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