お供物やお花のあげ方

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いただきもののお菓子などを仏壇にお供えするときに、
相手(仏様側)に向けずに自分側から見ての正位置に置きますが、
なんとなくいつも、仏さまやご先祖様に失礼な気がして、
「これでいいのかなぁ・・・」と、迷う気持ちがありました。

 

仏事や家庭での礼儀作法というのは本当に見よう見まねで、
子供のころから「親がそうしているから自分もそうする」、ぐらいの認識です。

 

夏に買った仏壇のはなし(谷口幸璽:著/講談社)は未だ拾い読み程度ですが、
今日、何気なくページをめくってみると、こんな記述がありました。

 

花はこちらから見て美しいように飾ります。それは、花もまた仏様からの慈悲を表したものだからです。供物の盛りようも、美味しそうに見えるほうを、人のほうに向けます。それは、お参りする人の目を喜ばせることが、仏様の眼を喜ばし、人の心を楽しませることが、仏様の心を楽しませることになるからです。

 

私達が喜べば、仏さまもうれしい。そうなんだ・・・

 

もうひとつ、OKWaveの回答にも、と頷ける答えがありました。

 

しかし、その供物が自分の手に届くまでに、どれだけの人の苦労がかけられているか考えたことありますか? ~中略~そして神仏から授けられた物ですから、粗略にするのでなく感謝して頂戴したり、独占せずに皆に分け与えるのです。

 

なるほど、自分がお供えしたものであっても、
それが自分の手に至るまでには、
大勢の人の手を経ており、
それもまた見えないご縁によって神仏から授けられたもの。
そういった考え方なんですね。

 

我が家のお仏壇には、数名のご先祖様と、
亡き父と亡き祖母が眠っています。(父のほうが祖母より先に亡くなりました)

 

生前をよく知る家族がそこに眠っていると思うと、
どうしても亡くなった家族に対してお供えするような気持ちになりますが、
確かに考えてみればお仏壇の主人公は、仏様です。
それをつい忘れてしまいがちになります。

 

思えば、身内の死を経験したことがなく、
教えられるままに両親や亡き祖母のマネをして、「なまなま」と、
習慣のように、何も考えずに手を合わせて仏さまを拝んでいた、
子供の頃のほうが、本来のお仏壇のあり方に近い
向き合い方だったのかもしれませんね。

 

 

 

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