昔の家庭の仏壇だって元々一枚板じゃない

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昔の家庭の仏壇だって元々一枚板じゃない


先日、あるお仏壇のレビューを見ていたら、私から見で割と良品に思われる商品が、「合成板に木の皮を貼ってあるだけでこんなものは仏壇と言えない」という主旨の内容で、低い評価が付いていましたが、これはちょっとお店にとってはお気の毒、と思いました。

 

なぜなら、現在のお仏壇(私達一般庶民が常識の範囲で買える価格のお仏壇)のほとんどが、「合成板に木の皮」だからです。だからもしかしたらレビューの投稿者さんがお買い求めになったのは、合成板(MDF)がむき出しになった箇所があるなど、写真ではわからないような裏側や底の部分で、天然の無垢材ではないことが、あからさまにわかるような商品だったのかもしれませんね。

 

お仏壇は昔から「練り」と言って、芯になる木材に銘木を貼り合わせてつくる工法が取られてきたようです。そもそも家庭にあるようなお仏壇で「一枚板」のものなど、昔からないのです。ただ、木材が資源として豊富にあり、また、木材の乾燥などに時間をかけてじっくりつくっても(通常は商品になるのが数年後。無垢材を使う場合は狂いをなくすために長時間の乾燥は必須)、市場動向に大きな動きがなくのんびりしていた時代だったので、それが可能でしたが、いまとは状況が全く違うのだと思います。

 

ちなみに我が家のお仏壇は曾祖母が買った昭和8年のお仏壇です。過去帳の最後のページに筆書きで「昭和八年〇〇町で購入」と書いてあったのを見て、最近初めてわかりました(「昭和8年のお仏壇」)。うちは転勤族だったので度重なる引っ越しで仏壇が痛んでいますし、家族の誰もが時間的にも金銭的にも仏壇をお手入れする余裕がなかったので、いまではすっかり古ぼけて鎮座していますが、この仏壇に小さいころから親しんできた私としては、「仏壇が一枚板ではない」のはよくわかります。だって、扉の断面などを見ると貼り合わせてあるんだもん。

 

これがその一部。壇の下のもの入れのところの扉です。漆も金も曇っちゃってますよね^^

 

うちの仏壇の扉(昭和8年)DSC01505

 

以下がその裏側。確かに木の板です。

 

うちの仏壇の扉(昭和8年)DSC01495

 

ですが、側面を見ると貼り合わせになっていることがわかります。

 

うちの仏壇の扉(昭和8年)DSC01501

 

拡大するとこんな感じです。

 

うちの仏壇の扉(昭和8年)DSC01492

 

いまはこんな厚みのある贅沢な板づかいはせずに、MDFに0.2~0.6mmの薄板ですが、昔からこういうところを見てきたので、仏壇は一枚板じゃない、と言われても、「ですよね」と納得がいく私です。ちなみに一枚板(無垢材)をつかったお仏壇というのは、ほとんどがプロ用(寺院用)の業務用?とのことです。でも、いま、そんな木がどこにあるのかしら。私がまだ20代だったときに、たまたま公園のベンチで話をした職人さんから、「おねえちゃん、ケヤキの大木、知らないかね?探しているけどないんだよ。」と言われてびっくりした思い出がありますが、その当時から大きな板が取れるような大木は枯渇していたのだと、今になって思います。

 

 

 

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